本州の最北端の県である青森県。面積9645.64m2と広い土地が広がり、人口は126万人と100万を越える津軽の国です。ここへ行くにはまず函館と東京とその近郊からだと新幹線が便利です。その他は飛行機に頼らざるをえないでしょう。高速道路があるので、車でゆっくりどこかに寄って行くのも良いかもしれません。空港は2か所あります。青森と三沢空港です。今回紹介する十和田湖と奥入瀬渓谷は両方の空港からアクセスがあります。勿論新幹線の八戸駅や青森駅からもあります。
十和田湖と奥入瀬渓谷はは上記地図に示しております。ここは青森を代表する観光地であり、十和田湖の水が奥入瀬川に流入して形成されております。14kmの行程を4時間半あれば制覇可能と言われます。こちらで宿を探している方はこのサイトを参考にどうぞ。
写真の魚は奥入瀬川の天然マスです。渓流を散策中に見つけました。私は渓流釣りをするので、色々な渓谷へ行きますが、人前にマスが顔を出すことは初めてでした。魚のストック量が多い釣り堀の川でもありません。相当な量のマスがこの川にはおります。又は観光客が餌をやって慣れてしまったかです。しかし毎日の様にやらねば天然のマスは懐いてきません。
ハイキングや散策に丁度よりナップザックを等をお探しの方はこちらをご参考に。
十和田湖は本来活火山の火山湖なのです。20万年前火山活動が開始し、火山口から火山群が形成されました。噴火を繰り返し火山湖が形成されたのです。15000年前に湖上中央部が再噴火して,火山規模がますます大きくなり,湖を囲む大火山が形成されました。最後は915年の大噴火です。現在に至るまでここは那須火山帯の一部なのです。十和田湖の最大水深は326.8m,平均水深71米,面積は61.00平方キロ,周囲は46kmとなっております。透明度は9mと書いてありました。それにしてもバイカル湖並みですね。東北の名物をふるさと納税でゲットできます
観光バスは十和田湖と奥入瀬川河口に近い場所に止めて、子之口から奥入瀬川を下流に向かって散歩を始めました。ここが奥入瀬川最上流部なのです。
奥入瀬川全行程は約14kmの散歩道で約4時間半かかります。つまり1日仕事です。子之口から歩いて流域の雲井の滝まで2時間程歩きました。もっと早く済ます方法があります。奥入瀬渓流館で自転車を借りていくと時間を節約でき広範囲を走れます。今回は団体で来たので小さなスポットは飛ばし飛ばしとなりました。事前に下調べをもっとやっておくとゆったりと観光できるのではとの後悔がありました。
冬場になっても、この道は通れるそうです。訪問した時の自転車レンタル価格は4時間で1000円でした。電チャリは1500円です。レンタルは3か所で行っておりました。奥入瀬渓流館、石個戸休憩所、JRバス子之口バス停でした。今やっているかはNET等で確認ください。
季節により奥入瀬渓谷の顔は変わると言われます。特に5月末からは新緑が映え、気持ちよく大変綺麗であったと現地で知り合った方から聞きました。
今回は老年期の方々の団体だったのですが、奥入瀬渓谷を皆さんシャキシャキ歩いて苦にならなかったそうです。年配の方でも歩ける散歩道でしょう。
奥入瀬渓谷は紅葉の名所でもあります。しかし事前にお伝えします。真っ赤かな紅葉は期待できません。イロハモミジが少なくブナ類が多いからです。ここは雑木林の森林です。緯度が高いので広葉樹が多く、秋には真っ赤になりません。黄色で終わってしまいます。ですのでここの紅葉は黄色とオレンジの混合なのです。冬はすべて枯れ木が真っ白になるそうです。当地で出会った方が言っておりました。地球温暖化の影響で、ここでも葉が赤くならないと。しかし地球温暖化が無くてもここの紅葉は真っ赤にはなりません。以上です。
十和田湖は160万年前から噴火を繰り返してきた火山です。先十和田湖火山から始まり、新しい十和田湖火山が22万年前から6.1万年までの先カルデラ期、6.1-1.55万年前のカルデラ期、1.55万年から現代の後カルデラ期に分かれるようです。915年に最後の噴火をしたそうです。現在は常時観測火山になっております。
私は外国のお客様に日本の3つの密教の話をよくします。その内2つは中国から来た真言宗と天台宗です。もう一つが日本古来の山岳密教である修験宗です。つまり修験道です。その本拠地は奈良の吉野にあり桜の一大名所です。昔から修験者は全国各地の山岳地帯へ赴き、神山霊谷で修業を行ってきました。主な場所に富士山が挙げられます。鳥取の三徳山投入堂やここ十和田も修験の地であったのです。ではそのアクセスはというと5方向から来たようなのです。七戸道、五戸道、三戸道(青森)、白澤道、藤原(秋田)道です。その道は熊野古道と同じく、歩いては一定の参拝ヵ所でお祈りをする方式の参拝であったみたいです。
最後に十和田湖の物語です。昔南祖坊伝説というのがありました。昔十和田湖には大蛇が住んでおり、名を八ノ太郎と言っておりました。元々蛇は猟師で、奥入瀬川の神聖なヤマメを食べて蛇に変身したそうです。数百年前に南祖坊という坊さんが熊野神社で夢を見ました。この世で最も美しい山と湖の場所をお前にやろう。鉄下駄を履いて行くが良い。その鼻緒が切れた場所が永住の場所である。それから10数年南祖坊が十和田山の頂上付近で鼻緒が切れました。その時八ノ太郎蛇が出てきて「ここはわしの栖じゃい」と言って南祖坊と7日以上の戦闘を行ったそうです。最後に南祖坊が仏教秘伝の法力を使い法華経の漢字を使って蛇を退治して、青龍大権現になったというお話しです。